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| 医療事故再発防止元年≠ノしよう |
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横浜市立大学病院の患者取り違え事故は記憶している人は多いだろう。心臓の手術を受けるはずの患者が人違いされて肺の手術をされてしまった。肺の手術を受けなくてはならない患者が心臓にメスを入れられてしまった。大学病院という高度な機能をもち、優秀なスタッフが大勢いると信じられている大学病院で起きたということで大きな衝撃を与えた。1999年1月の事故だった。その年、大きな医療事故が続発した。メディアは医療事故元年≠ニ呼んだ。しかし、その後一向に医療事故はなくなる気配はない。
アメリカの公的機関である医学研究所(IOM)が医療事故に関するプロジェクトを遂行、数年前、報告書が発表された。同報告書でアメリカで一年間に医療事故による死者は九万八千人に上ると推定した。自動車事故にによる死亡(四万三千人)乳がん(4万2千人)を大幅に上回る。この数字は全米に大きなセンセーションを巻き起こした。日本はアメリカの人口のほぼ半分だから、年間五万人くらいの医療事故による死者を出しているのではないかと推定する人もいる。
メディアに登場する医療事故は、実際に起こった件数に比べて氷山の一角であることは確かだ。医療事故の多くは、闇から闇の葬られているといえよう。 医療事故はなぜなくならないのだろうか。ひとつはっきりしていることは、医療事故から学ぶ姿勢が希薄なことだ。事故が起きたとする。組織の責任者は「事故はなぜ起きたのか」か、徹底的に調査するのではなく、「誰がやったのか」とまず犯人探しをする。ミスを犯した人間を処分して終わりである。これでは事故はいつまでたっても無くなることはない。ここ数年の医療事故のほとんどは原因を追求して再発防止対策を徹底するのではなくて、個人の責任を追求するだけで真の原因の追求を怠ってきたといえよう。
医療事故だけではない。産業事故、原子炉臨界事故、鉄道事故をとっても「誰が犯人か」という責任追及型である。いずれの事故でも、事故の引き金になるミスを犯した犯人≠ヘ存在することは確かだ。
英国の画期的な判決がある。「ヘラルド・オブ・フリー・エンタープライズ」号というカーフェリーの転覆事故。1987年、シーン判事は船長や乗組員のミスも明らかにした。しかしこれに加えて、「残念なことだが、災害の状況を完全に調査すると、基本的な誤りが会社の上層部にあったという結論が導き出された」(オックスフォード大学出版刊『医療事故』から) いずれの事故でも、事故を直接引き起こす個人のエラーがある。しかし、それは引き金であって、積もりつもった組織上の問題点があるのだ。経営的な問題、人事管理の問題…などである。これを専門的には「組織の事故」という。
からだに譬えると分かりやすい。平素、食事や休息を気を配り、体の管理を十分にしている人は、からだに免疫力があるので、インフルエンザにかからない。不養生な人は同じウイルスに感染して発病してしまう。ウイルスも犯人には違いないが、免疫力のあるからだをつくっておかなかったことが責められるべきである。
先述した医療事故に関するアメリカの報告書『人は誰でも間違える』のなかに次のようなエピソードが書いてある。
「安全を脅かす行為は蚊のようなものだ。一時は叩いて追払うことはできるが、かならずまた新しい蚊がやってくる。唯一効果的な方法は、彼らを育てている水溜りの水をなくすことだ」 危機管理は蚊を叩くことではない。今年こそは真の安全文化を身につけて、医療事故防止への元年≠ノしたいものだ。 |
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