医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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2004年
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2002年
在宅ケア専門診療所の仕掛け人
正岡子規と在宅ホスピス
「看護婦」から「看護師」へ
激震≠フ時代の医療界
欧米のがん戦略と日本
旅行医学≠ご存知ですか?
21世紀がん治療の新戦略(1)
21世紀がん治療の新戦略(2)
2001年
在宅ケア専門診療所の仕掛け人
 
 高齢化が進むにつれて日本も大量死時代≠迎えている。平均寿命の急速な伸びもあって1960年代から1980年代までの年間死亡者数は八十万人台と安定していた。ところが後期高齢者の急速な増加により、今世紀になって、年間死亡者数は百万人を突破。二〇一二年には、百四十万人になると予測されている。死者の三人に一人はがんで亡くなる。

 ご存知のように日本人のほとんどは病院死である。しかし今までのようにすべての人たちが病院で看取られることは難しくなるだろう。それは二つの理由からである。ひとつは医療経済上の理由からである。いまひとつは最期は自宅で大往生したいと願う人たちが確実に増えているということである。

 しかし、在宅で看取って欲しいと願っても、在宅ケアを支えてくれる医師、看護師らがいなくては難しい。戦前、戦後間もなくは近くの開業医が往診して看取ってもらえるのが普通だった。ところが、高度成長期を迎え、さらに国民皆保険が実現された1960年代から日本の医師はほとんど往診をしなくなった。病院で死を迎えるのが普通のすがたになった。

 最近になって「最期は住み慣れた自宅で」という人たちの希望を満たすために在宅ケアを支えようという医師、看護婦が徐々にではあるが増えつつある。とりわけ四十歳台以下の若い医師の間で診療所を開業、在宅ケアにかけようという医師が増えつつあることは喜ばしい。

 先日、在宅医療専門の診療所がオープンした。「コスモス学芸大前クリニック」(東京・目黒区)である。院長は今田英樹医師。一九九四年、旭川医大卒の三四才の青年医師。大学病院時代は消化器内科が専門。「胃がん、大腸がんの患者さんも多く診てきたし、がんの疼痛緩和も勉強してきました。外来患者も診ますが、おもに在宅ケアに特化した診療所にしたい」と話す。都内で開業することは容易ではない。開業資金が少なくとも四千万円はかかるといわれている。患者が集まるかどうか、看護師などスタッフの募集…などなど、30歳代の勤務医には手に余ることではないか。

 実は秘密≠ェあった。

 開業前の物件の手配、市場調査、財務の相談から開業後の人材教育、システム管理まで引き受け、医師は医療に専念できるようにサポートする会社の存在があるのだ。

 エムイーネット(東京・千代田区)だ。中村哲生社長は30歳代の若さ。大学卒業後、二年間のアメリカ留学を終えて商社に入社。30歳の時、医療界に転進。医療法人黎明会大塚クリニックの常務理事、事務長に就いた。ごく普通の外来診療所だったが「在宅に力を入れよう」と、在宅専門の診療所に変身させていった。大成功だった。都内23区の開業医の平均年齢は70歳を越える。多くの開業医は、訪問診療などしない。在宅ケアを熱望する患者のニードにまったく応えていなかったからだ。「在宅医療は都市型の事業として成り立つ」と気づいた。2000年6月、医療法人母胎のベンチャー「エムイーネット」を立ち上げた。これまで六か所の診療所の業務を委託。二−三年以内に、少なくとも、都内23区に一か所の診療所を受託する計画だ。矢崎総業、オリックスキャピタルなど大手四社から約二億円の出資を受けている。売上高は、2002年3月期で約一億四千万円。収益は黒字。来年3月期の売上高は四億円を見込んでいる。

  「医師は医療の専門家です。経営が得意でない方もいらっしゃいます。経営と医療を明確に分け、私たちがサポートするという体制が合理的ではないでしょうか」(中村哲生社長)

 在宅医療のニードは、ますます高まる。在宅専門診療所の若い仕掛け人≠フ登場で医療状況は確実に変っていくにちがいない。

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