医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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2004年
2004年度診療報酬改定の行方は
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21世紀の最大の健康課題は
 
 長い梅雨が明けると、炎暑の季節だ。やがて広島・長崎の原爆記念日、そして終戦記念日。私にとって、夏はそんなふうに訪れる。それはこの半世紀近くわたしの心に刷り込まれた生理的リズムのようだ。今世紀からニューヨークの世界貿易ビル跡の式典9・11が加わる。

 20世紀は戦争の世紀といわれた。しかし新しい世紀を迎えても戦争は終わることはない。アフガン攻撃、イラク戦争…。人の住んでいる町を一瞬のうちに破壊し、数多の命が瓦礫の下に奪われていく。地球上の戦争の火種は絶えることはない。

 わたしは医療や福祉の分野を専門にしているジャーナリストだが、今世紀になって、世界の健康課題は、大きな転換を遂げつつあると思う。20世紀前半の健康課題は結核などの感染症だった。20世紀後半はがんや心臓病をはじめとする慢性病だった。そして21世紀には〈暴力〉が最大の健康課題になったと考える。これはわたしの独創ではなく、世界の医学者らが語り始めていることである。欧米の医学専門誌は〈暴力〉の問題に対して真剣な注意を払い始めている。  

 医学雑誌といえば、病気の研究が多くを占めていたが、最近は暴力が大きなテーマになりつつある。9・11以降その傾向は顕著である。
『ランセット』『米国医師会雑誌』などの目次をみると、暴力はもちろん戦争、紛争、難民、人権侵害に関する論文が目立つ。これらの問題を政治の問題としてではなく、医学、衛生の問題として考えることが、世界的な傾向になってきていることは注目に値しよう。病気の治療法、医薬品の開発も大切である。一方で戦争、暴力、貧困、飢え…多くの人の命が失われ、障害をもたらしていることに、目をつむるということは確かに片手落ちというものである。広島市の原田東岷という医師を忘れることができない。原田先生は敗戦直後、原爆で顔に、ケロイドを負った女性(原爆乙女と言っていた)をアメリカにつれて行き、ニューヨークの病院で形成手術を受けさせた。この運動を支えたのがジャーナリストのノーマン.カズンズ氏だった。私も、姉を原爆で失ったので原爆乙女、原田先生、カズンス氏の名前は、私の心に焼きついている。

 原爆乙女の問題が一段落すると、原田先生は、ベトナムのサイゴンに旅立つようになった。ナパーム弾の被害を受けて、障害を負った少年を自分の病院に連れてきて原田医師が自ら手術をするためだった。1960年代の後半だった。

 原田先生は、足に重い障害を遺しているナパーム児、正視できないくらい顔にケロイドのあるナパーム弾熱傷児らを手術をした。当時、私はNHK広島でテレビディレクターだった。あるとき原田先生に聞いてみた。

 「なぜ、運動をつづけられるのですか?」と。私の愚問に丁寧に答えてくださった。

  「一発の銃弾、爆弾は、一瞬のうちに命を奪い、障害を遺す。いったん損なわれた傷痕を修復し、破壊された人間の精神を再び高めることは不可能です。医者に出来ることはわずかなことです。平和な世界が実現して、人を殺さないことがいちばん大切じゃないですかねぇ。ぼくにできるささやかな平和運動です。これがヒロシマの心なんです」

 原田先生は後に広島県医師会長として広島県の医学界のために尽くされた。

 平和の反対語は、戦争ではない。暴力なのだ。暴力は戦争やテロだけではなく、小児虐待、いじめ、家庭内暴力など、心や体に深刻な健康被害をもたらしている。

 〈暴力〉の光景を見るとき、わたしは原田先生のひたむきなヒロシマの心≠想う。

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