医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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【2005.05.30】
癌研病院 有明臨海副都心へ
【2005.05.23】
がん専門医制度がスタート
【2005.05.17】
少子化と社会保障・・・日本の医療保障はどうなるのか?
【2005.01.12】
DPC支払い方式が医療を変えるか?
【2005.05.30】癌研病院 有明臨海副都心へ
 

 癌研病院が、この三月、有明臨海副都心へ全面移転した。母胎である財団法人癌研究会が創設されたのは1908年(明治41年)。念願の研究所・病院が開設されたのは1934(昭和9)年だった。がん専門病院としては最も古い伝統をもつ。1962年に国立がんセンターが発足したときには、癌研から多くの人材が移り、後の発展に寄与した。移転は、東京・豊島区大塚の建物は老朽化していて、長年の念願だった。
 
  新装なった癌研有明病院は地上12階(研究所棟は6階)の薄いベージュ色の瀟洒なビルはベイエリアの地にあって威容を誇っている。総工費(医療機器等を含む)400億円の巨費を投じた。
 
  病院入り口を入ると、一階ホスピタルストリートは、吹き抜けになっていて自然光を受けて明るい。フロアーは贅沢なくらい広々としている。災害時には200床の仮設ベッドによる収用を想定しているという。外来は二階に集中させている。
 
  受付を済ませると、PHS呼出機が渡される。順番がくるまで一ヶ所に待機していなくてもいいから助かる。スピーカーの呼び出しがなくて静かだし、個人情報も保護される。
 
  がん専門病院として画期的なのは、「臓器別集学治療」(疾患別治療)を採用したことだ。これまで患者は内科・外科・放射線科というように、さまざまな診療科を渡り歩かなければならなかった。これを臓器別に診療体制をとることになった。たとえば肺がんの患者は、呼吸器センター、乳がん、子宮がんの患者はレディースセンターで外来受付をすれば、内科も外科もセンター内で受診するかことができる。
 
  いまひとつは「がん総合治療部」というシステム。これまでは一人の主治医が治療法を決定するのが普通だったが、がん総合治療部では、内科・外科・化学療法科・放射線科など各科の医師が集まり、個々の患者のケースを合議しながら治療法を決めていく。大病院や大学病院でもいまだに内科、外科というように縦割りのシステムである。
 
  「がん治療は手術がメインだから主役は外科医、ほかは脇役という時代がありましたが、これからは放射線治療医、メディカル・オンコロジスト(腫瘍内科医・化学療法の専門家)らが、協働きて再発がんや治療困難ながんの延命をはかって行く。それがこれからのがん治療だと思います」(武藤徹一郎院長)  

  病室も患者のプライバシーを配慮した個室と四人部屋で構成されている。一病床あたりの床面積も広く取られている。病室からは東京湾も望むことができる。廊下の壁面には寄贈された絵画が飾られ、ヒーリング・エンバイラメント(癒しの環境)も十分に配慮されている。

 「日本の病院は、兵舎並み」と欧米の人たちには評判が悪いが有明癌研病院を見ていると、やっと欧米並みになった、という感慨がある。
 
 「がんは治る病気になった」と言われるが年間30万人以上の日本人の命を奪う病気である。東京のベイエリアに生まれ変わった癌研が臨床に、研究に一層の成果をあげてもらって、日本のがん医療の牽引車になってもらいたいと同時に、海外、とりわけアジアのがん医療の先導役を果たしてもらいたいものである。

http://www.jfcr.or.jp


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