医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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【2005.05.30】
癌研病院 有明臨海副都心へ
【2005.05.23】
がん専門医制度がスタート
【2005.05.17】
少子化と社会保障・・・日本の医療保障はどうなるのか?
【2005.01.12】
DPC支払い方式が医療を変えるか?
【2005.05.23】がん専門医制度がスタート
 

 日本癌治療学会(北島政樹理事長・慶應大学医学部教授)が今年8月から「がん治療専門医制度」をスタートすることになった「がん治療専門医」とはどういうものなのか、を紹介するまえに、日本のがん治療現場の状況を説明しておきたい。
 わが国には、現在、がんと診断され、治療を受けている患者は約130万人いる。がん患者のうちの半数(64万人)が抗がん剤治療の対象者である。ところが、抗がん剤治療の専門医はきわめて少ない。64万人の患者を対象にするには、ほとんどいないといってもいい。
 アメリカでは「腫瘍内科学」(英語ではメディカルオンコロジー)が確立されていて、外科医は手術に専念して、術後の総合的な患者管理はメディカルオンコロジスト(腫瘍内科医)が担当する。彼らは、抗がん剤治療のエキスパートでもあり、化学療法はメディカルオンコロジストが担当する。腫瘍内科学とは、消化器、呼吸器、血液といった臓器別の縦割りに区分されているのではなくではなくて「腫瘍(がん)」を中心にすえた横割りのコンセプトなのである。
 ところが、日本では、がん治療は外科手術が中心に据えられていて、外科主導で進められてきた。手術を担当する外科医、婦人科医、耳鼻咽喉科医などが、術後、抗がん剤治療をするのが普通である。欧米では考えられないことだ。抗がん剤治療のトレーニングを積んでいない外科医などは基本的には、化学療法の素人なのである。
 「素人が化学療法をする現状は、内科医が手術をするようなものである」と医学界内部でも言われていることだ。これは実は怖い話である。こうした怖いがん医療がわが国ではまかり通っているのだ。
 腫瘍内科医とは、がんという病気を専門的に勉強し、トレーニングを受けた内科専門医のことである。内科とはいさかニュアンスを異にするが、当然腫瘍外科医、婦人科腫瘍医、放射線腫瘍医ということも考えられる。これらを総称して臨床腫瘍医(クリニカル・オンコロジスト)という。
 日本癌治療学会が志向している「がん治療専門医」とは、じつは臨床腫瘍医を一般の市民にもわかりやすい平明な呼称にしたということだろう。がんという病気を基礎から総合的にじっくり勉強して、がんの複雑な病態を理解したうえで、がんの臨床に携わることのできる医師を養成していこうというものである。
 ここまでお読みいただいて、読者の皆さんは奇異に感じられるにちがいない。「がん治療の現場にいる医師は、当然のことながら、がんという病気を十分に知り尽くした医師たちではないのか」と。ところがわが国のがん治療の現状は、本来あるべき姿とはあまりにかけ離れているといわざるをえない。
 日本癌治療学会がん吉野肇一理事・がん治療専門医制度委員会委員長 の「日本における癌の専門医制度について」という文書をみても、そのあたりの事情を正直に伝えている。「適正な癌医療を提供するにはその基盤はあまりに脆弱である。その特殊性を考慮・反省し、実効ある制度を模索すべきである。」
 「基盤の脆弱さ」とは、がん医療を担っている医師たちのがんという病気の基礎的、かつ総合的な知識、実技的なトーレーニングの欠如というふうに理解しても間違いではあるまい。がん医療の基盤≠ニは、知見と技能そして倫理を十分に身につけた専門医たちの厚い層を形成していることである。
 
 何故、わが国のがん医療の基盤≠ェ、これほどまでに脆弱なのだろうか。前出の文書には、「本邦の学部教育には系統的に臨床腫瘍学を修めるシステムがない」と述べている。わが国の医学部では、年間30万人以上の人たちの命を奪うがんという病気を系統的に教育していないというのである。これは驚くべきことである。いや恐るべきことといっていい。
 昨年、9月30日、日本癌学会のシンポジウム「臨床腫瘍学教育のあり方」で、大阪大学大学院医学研究科病態制御外科の門田守人教授が、「腫瘍臨床の総合性と教育」という調査報告は、臨床腫瘍学の教育の貧困さをあらためて浮き彫りにした。門田氏は、全国の医科大学・医学部で腫瘍をあつかう1230講座を対象にアンケート調査を行った。810講座から回答を得た。(回収率64.9パーセント)
 結果は、臨床腫瘍科がある大学は、わずか9校に過ぎなかった。臨床腫瘍科のない大学も、がんを総合的、系統的に教育することが必要と認めてはいるのだが、「臨床に多忙なため教育に割ける時間がない」「教官、教員に臨床腫瘍医としての知識、経験が少ない」という理由で、総合的・系統的ながんの教育が行われていないのだ。
 臨床腫瘍科のない大学のなかで、「設立したい、計画している」と回答したのはわずか15パーセント、75パーセントは「何の努力もしない」と回答している。こうした数字を見ていると、わが国の医学教育は機能不全をおこしていると言わざるをえない。医学部・医科大学の使命は、教育・診療・研究の三本柱であることは言うまでもないが、教育内容が、最も死亡者数の多い、深刻な病気に対してあまりに市民の要望と乖離していることがわかる。
 1999年、日本学術会議が全国の医学部・医科大学80校に対してアンケート調査を行ったことがあった。そのときも「腫瘍学教育の現状が理想と程遠いものである」という結果が出た。そのとき以来、遅々として改革は行われていないということになる。
 がんという病気を総合的・系統的に教育・診療するシステムをもたないので、各科ばらばらに治療し、抗がん剤の知識にとぼしい医師が、製薬会社の説明書などを読みながら処方しているようなことが起こるのである。私の取材経験からひとつ例をあげてみよう。
 2000年、女子高校生(当時16歳)は顎にしこりができて近所の耳鼻咽喉科診療所を受診。診察したのは埼玉医科大学から派遣されたアルバイトのS医師(当時30歳)。埼玉医大に転院させて、S医師が手術。術後、劇薬扱いの抗がん剤を投与することになる。S医師は「週一回」つまりweek≠ニいう文字を読み違えて、毎日投与したのである。七倍の量の抗がん剤を投与したことになる。死に至らしめるのである。主治医となったS医師は、埼玉医大を卒業、医師免許を取得して4年という若い医師が、プロトコル(治療計画)をたて、執刀医となって難しい手術を担当。戦慄すべき抗がん剤治療を行ったというのに教授、助教授、医局員だれひとりチェックのアドバイスもしていない。できなかったというのが真相だろう。ティーチングスタッフのなかには、がんの専門家はいなかったのである。
 日本の医学部の耳鼻咽喉科の教授で、がんを専門にやっている人はむしろ少数派だが、耳鼻咽喉科の教授が耳鼻咽喉科領域の頭頸部がんの講義をしているというのが実態である。
 高度ながん医療を患者に提供するためには、個人や一医局の能力を遥かに超えているといわなくてはならない。系統的な教育・トレーニングを積み重ねたスタッフによるチーム医療、化学療法・手術療法・放射線療法など、各領域の専門家の英知を結集した集学的医療が求められるのである。
 
 日本癌治療学会のがん治療専門医制度に話を戻そう。同学会は、わが国に系統的・総合的ながんの教育が欠如していること、医療現場においても各診療科、各医師がばらばらのプロトコル(治療計画)で診療を行い、病院院内でも統合性のないがん医療が行われていることにに強い危機感を抱いていた。
 10年前から、検討委員会をつくり、議論を重ねてきた。日本癌治療学会は、全部位のがん、全診療科を横断する学会であるという学会の特質を生かして、次のようなコンセプトで、がん治療専門医制度をスタートすることにした。
 「全診療科における癌治療の共通基盤となる臨床腫瘍学の知識・技術に習熟し、生命倫理に配慮した癌治療に従事する優れた医師の養成を行い、本邦に欠如する基盤部分を担当することとした」(同学会文書)
 「癌治療の基盤部分」とは、わが国のがん医療の実情をかなり詳細にお伝えしたのでご理解いただけると思う。「基盤部分」とは入門的基礎知識ということを超えて、癌治療の核心≠ニいうふうに理解したい。「生命倫理に配慮した」とは、インフォームド・コンセント、患者のQOL(生命・生活の質)、ターミナルケア、サイコオンコロジー(癌の精神的ケア)を視野において患者にとって全人的な医療をめざすということであろう。
 日本癌治療学会が、全診療科を包括する横断するのに対して、日本胃癌学会、婦人科腫瘍学会、乳癌学会など、18分野の学会がある。これら診療科別の学会は、より専門性の高い研修を行ってもらい、日本癌治療学会のがん専門医制度は、「癌治療の基盤部分」を担うという。すなわち一階部分をかため、細分化した各学会に二階部分を担ってもらう。 同学会の北島理事長はこう話す。「わが国のがん医療にもっとも欠けている基盤部分をがっちり固め、そのうえに高度な専門性を積み重ねていく二階建て方式は、国民から見てもわかりやすい制度だと思います。それぞれの学会は基盤部分の教育をダブらすことなく効率的により高度な専門性を効率的に追及できると思っています」
 今年の8月からこの制度はスタートする。申請資格はかなり厳しい。全国がんセンター協議会参加施設(30施設・各地方のがんセンター的位置づけの病院)、地域がん診療拠点病院(87施設・地域においてがん治療に実績のある病院=厚生労働省指定)、特定機能病院(81施設・国立がんセンターと大学病院本院)などに五年以上癌治療の臨床経験があること。日本癌治療学会のセミナーを受講し所定の単位を取得していること。さらに試験(ペーパーテスト)に合格しなくてはならない。 さらに重要なことは、5年ごとに更新しなければならないことだ。もちろん試験も受けなければならない。日本の医師免許は、、更新制度がないので一度取得すれば、生涯医師であり続けることができる。このことは大きな批判が寄せられているのだが、いまだ改革されていない。その意味で「がん治療専門医」が更新制度を導入することはわが国では画期的なことであり、高く評価されていい。
 
 問題は、がん診療専門医制度が患者、患者になる市民にとって、どのような意味があるのか、ということだろう。この小文でもかなり詳細にわが国のがん医療の欠陥部分をお伝えしたが、この制度によって欠落部分を埋めることができれば大きな成果となる。もうひとつの大きな意味は、市民にとって医師選び・病院選びの大きな目安になるのではないだろうか。かなり厳しい申請資格を課しており、ペーパーテストもかなり難しいものに維持していけば、がんの臨床にあたる資格をクリアしたことになる。
 「いまアメリカがん学会の試験問題などを検討しており、かなりレベルの高い内容にしたいと思ってます。がん治療の臨床経験もかなり厳しく問うことになります。例えば手術の症例数なども、将来的には一般にも開示していく方向に向かっていきたいと思っております。病院選びに患者さんは、苦労されているわけですが、学会が認定施設としている病院に将来はしぼられてくると思いますね」(北島正樹理事長)
 北島氏はさらにことばを継ぐ。「私たち医療者側も研鑚して良質ながん医療を提供するために努力しますが、患者さんの側も情報収集、勉強をしていただきたいとおもいます。診断されたがんについて知識ゼロですと、医師がいくら噛み砕いて説明しても理解できないでしょう。インフォームド・コンセントがきちんと成立しません。がん医療は究極的には、患者さんと医療者の協働なんですから。病院選びにしても、情報を収集する方法は以前よりは増えています」
 最近は病院内に医療のことを調べる「図書室」も増えつつある。国立病院大阪医療センターの「患者情報室」は、がんでなくなった朝日新聞の記者だった井上平三さんが、生前「自分の病気を勉強できる患者情報室を」という遺志をを、未亡人の井上由紀子さんが引き継ぎ実現した。寄付で集められた医学・医療の本が備えられ、パソコンも二台設置されネットで医療情報にアクセスできる。
 東京女子医大病院の外来ホールの一角に「からだ情報館」がある。私も行ってみたが、医学図書のほかにビデオ資料の集められ、医学情報検索の司書、ベテラン看護師が対応している。今後こういう施設は増えていくだろう。
 病院選びもネットを活用する人が増えている。全国の病院のほぼ半数は、ホームページを開いて、医療情報を公開している。勤務している医師名、外来の担当表など、役に立つ情報を得ることができる。健保連の「けんぽれん病院情報」も役に立つサイト(http://www.kenporen-hios.com)だ。
 医療、とりわけがん医療は、情報戦である。最良のがん医療に出会うためには、患者の側も最大限の努力を惜しんではなるまい。医療側も知識・技術・倫理にすぐれた医師を育て上げ、良質ながん医療を提供して欲しい。「がん治療専門医制度」が、年間30万人余の命を奪うがんに立ち向かうための、一里塚となってもらいたいものである。


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