チェルノブイリの原発事故が起こって20年である。
20世紀最大の事故は1986年4月26日に起こった。
節目の年ということもあって、テレビをはじめメディアは、特集を組んだ。
そのひとつテレビ朝日系「報道ステーション」の『チェルノブイリ20年』は、放射線汚染地域にカメラを持ち込み、見ごたえがあった。
原発まで10キロ地点にある村は、事故後、強制退去させられたが、密かにこの地に戻り、不法居住する人は300人以上もいる。
不法居住している老婦人の言葉が胸を打つ。「一年後に戻ってきました。だってここは私の故郷ですもの」
危険きわまりない土地に住まわざるをえない人たちの心情は、「故郷だから」という言葉では表現しきれない深い想いがあるに違いない。
わたし自身、少年の時、広島で原爆に遭っている。
放射能を浴びたという思いがあるが、チェルノブイリの放射能はヒロシマの原爆の500倍といわれる。
事故を起こした4号炉はコンクリートと鉄材で封じ込まれている。これを「石棺」と呼ばれている。
テレビカメラに映し出される石棺は、損傷が激しく、さび付いて孔も空いている。石棺が倒壊するようなことがあれば、放射線物資がチリとなって舞い上がり、再び大惨事のなるという。新しい石棺をつくる計画があるが、いまだ実行に移されていない。
「多くの団体や政治家が関わり、利権が絡んでいるのが遅れている原因」と、石棺のプロジェクトチームのエンジニアは話していた。政治家の倫理観の低さは、ひとり日本だけではないらしい。
ドイツの社会学者、ウルリヒ・ベックは『危険社会』という本を著している。この書は「社会分析の分野で最も影響を与えた」というという評価が高い。ベックは、チェルノブイリを例にとって「危険社会」を論じている。ベックは、人間が人間に与えていた苦悩、暴力、困窮はは、かつては垣根の中の出来事だったというのである。どういうことかという、暴力をふるうものに対して、ふるわれるものという「他者」が存在していた。困窮する人達と困窮しない人達との間には、壁があって、豊かな人達は安心して暮らせる空間が存在していた。ところが、チェルノブイリ以降は、どんなに豊かな人も、権力者も、安全地帯や保護区をもつことが一切できなくなったというのである。くだいていえば、原子力の危険は誰にも避けることができないのである。
ベックはこんな表現をする。
「あらゆる関係者が必ず死刑執行台へ送りこまれるのである」と。こうも言う。「息をしたり、食べたり、飲んだりというような生きるための行為を、当局が止めたり、抑制するということが可能だろうか」と。ベックは、環境破壊ということを視野に入れているが、狭義の環境問題を論じているのではない。
近代化と文明の発達が生み出した「危険」に警告を発しているのだ。原子力ばかりではない。現代の先端医学もまた「危険」だという。人格を変える薬、デザイナーベビー、生命操作、胎児の外科手術・・・。
現代の危険≠ニは、時代劇の悪玉と善玉のように、単純ではない。善意の科学者が、善意の医師が、良かれとやったことが、とてつもなく危険に導くことがありうるのである。
チェルノブイリの石棺が倒壊して、放射能が撒き散らされるとき、われわれ人類は何ができるというのか。
有刺鉄線、壁で自分の住んでいるところを囲うのか。軍備を増強するか。警察官を動員するか。現代の危険≠ノはあまりに無力である。チェルノブイリからの風が、自分の住んでいるところに向かわないことを祈るしかないのか。それは雨乞いをするようにむなしい。「格差社会」ということが言われる。誤解されるのを承知で言えば、「貧富の差」ということを置き換えた流行語に過ぎないのではないか。貧困を救う道はある。「危険社会」は近代が生み出した逃げ場のない宿痾なのだろうか。 |