医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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エッセイ月刊「新医療」掲載分>メディアはおなじて手で引きずり落とす

メディアはおなじて手で引きずり落とす

 
 

 テレビのワイドショーはライブドアの話題で塗りつぶされている。ホリエモンこと堀江貴文容疑者の映像で充満している。考えてみれば、これらの映像は、彼がヒーローであった時の映像である。映像は、その時点では、寵児たらしめている映像として意味を持つのだが、ヒーローが急転して犯罪容疑者に堕ちてしまうと、映像も無様な映像としてしか意味を持たなくなる。ジーンズにTシャツといういでたちもヒーローであった時期には社会の閉塞感に風穴を開ける颯爽とした姿に映るのである。これが映像の持つ不思議な意味なのである。
 
 ヒーロー、それもにわかにヒーローの座に上りつめた寵児≠フ、ビデオライブラリーにはありとあらゆるバラエティにとんだ映像でいっぱいだ。「ホリエモンは、証券犯罪を犯した容疑者である」という文脈にヒーロー時代の映像を並べていけば、大罪を犯した容疑者を表現するにふさわしい映像として光彩を放つのである。
 
 これが映像の文法なのである。私はテレビのディレクターとして映像のワンカット、ワンカットをつなぎ合わせながら作品に仕立て上げた経験を持つから、映像の文法、文章構成法を強烈に意識するのかもしれない。
 
 何が言いたいのか。メディア、それも映像メディアは、きわめて急速にヒーローに仕立て上げ、しかも持ち上げた同じ手で、今度は急速に引きずり落とすことができるのである。
 
 たったこの間、ホリエモンをヒーローとして持ち上げていたキャスターが、スタッフが、今、同じ手でホリエモンを引きずり落としている。
 
 昨秋、総選挙があった。現閣僚が、ホリエモンを最大限に持ち上げている。与党の幹事長も、今は証券犯罪の容疑者を最大限の賛辞で持ち上げている映像が映し出される。これら当事者はきっといたたまれないくらい恥ずかしいのではないか。なぜだろう? 同じ映像が変質≠オたからだ。もっと言えばホリエモンの本質を見抜く眼を持たなかったからだ。 
 選挙運動中のホリエモンの行くさきざきにぞろぞろあとを追うテレビクルーの前で「僕にはお金がたくさんありますから、賄賂の心配はありません」と、ホリエモンは言ったという。これが彼の政治家であることの資質を証明することになるのか。大金持ちは収賄をすることは少ないかもしれない。「でも贈賄をする可能性はあるのではないですか?」と皮肉に笑いながら切り返すテレビマンはいなかったのか。
 
 話は変わる。ご記憶の方は多いかもしれない。菊田昇という産婦人科医師が、中絶しようとする若い女性を説得して出産させ、救った赤ちゃんを子どものいない夫婦に実子として斡旋。戸籍上は養母が生んだ子どもとして届ける虚偽の養子縁組をを行った。「赤ちゃん斡旋事件」として社会的に大きな論争を巻き起こした。菊田昇医師はワイドショーの文字どおり寵児≠ニなった。私は、菊田医師に密着取材をした。実に心優しい人柄の医師だった。私は何度も菊田医師の診療所のある宮城県石巻市に足を運んだ。奥様もとても物静かな優しい人だった。菊田医師が、時の人として脚光を浴び、ワイドショーのヒーローの絶頂の時「メディアは先生をヒーローと持ち上げた同じ手で、引きずり落とすのですよ」と進言したものである。
 
 菊田医師は、ある時期から、メディアから距離を置くようになった。それがとてもよかったと思う。菊田医師は医師法違反で偉業停止6ヶ月の処分を受けた。しかし、惨憺たる堕ちたヒーロー≠ノはならなかった。がんに侵されながらも「実子特例法」の制定を説きつづけ、その一部が認められて「特別養子制度」が成立した。19年間に220人の闇に葬られるはずの赤ちゃんを救った。
 
 1991年、がんのため65歳で亡くなられた。マザー・テレサが第1回の受賞者となった「世界生命賞」が授けられた。しかしこのニュースは熱狂的に報道されることはなかった。


 
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