医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
HOMEサイトマップ

プロフィール
著書紹介
エッセイ
日録
医療関係リンク
お問合せ

エッセイ月刊「新医療」掲載分>アメリカの医療は病気だ

アメリカの医療は病気だ

 
 

 マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『シッコ』をご覧になった人も多いだろう。
 
 アメリカの医療の重症ぶりを鋭く痛撃するムーア監督の突撃ぶりはは痛快であった。
 
 仕事中、事故で指を2本切断された大工は、医療保険に加入していない。医師は大工に聞く。「薬指を接着するのは1.2万ドル、中指は6万ドル。どっちにしますか?」。大工は安い薬指のほうを選択をする。大工の手には中指はないというわけ。ブラック・ジョークではない。実話なのだ。ムーアは叫ぶ。「アメリカの医療は病気(sicko)だ!」と。
 
 ご存知のようにアメリカには公的保険は、高齢者のための「メディケア」と貧しい人たちのための「メディケイド」しか存在しない。公的保険が適応されるのは国民の25%に過ぎない。大企業に勤める人々は、会社が民間保険に加入してくれる。経済的に恵まれた人は民間保険に入るが、アメリカの国民の15%は無保険者。その数4700万人。
 
 アメリカの民間保険会社は、営利を追及する株式会社がほとんどだ。徹底した市場原理をとっているので、病気がちな人は最初から加入を阻止したり、HMOなどは医師や医療機関に対して診療に介入する。この映画は、診療を控えたり拒否してくれた医師や看護師にボーナスを支給する保険会社の話も出てくる。
 
 それにしても世界で最も高額の国民医療費を費やすアメリカが、病んでいて、世界保健機関(WHO)の2000年の総合評価では37位である。それに引き換え、日本は2000年のWHOの総合評価では世界第1位に輝いている。
 
 しかし手放しで喜んではいられない。WHOの評価は「平等性」と「効率性」という2つの指標で評価しているのだが、最近の日本は怪しくなってきた。日本は国民皆保険を達成し、保険証をもっていけば、医療機関にアクセスできる国だと思われてきた。だが、状況はそんなに甘くない。国民健康保険は、滞納世帯が480万世帯に達した。国保に加入している全世帯の19%を占めるというから深刻である。保険証を取り上げられて、資格証明書が発行されている世帯は35万1270世帯にのぼる(2006年6月現在・厚生労働省の調査)。
 
 この数字を見ていると、日本の医療保険が確実に崩壊しつつあることを実感する。保険証を取り上げられている人たちは実質的には無保険者≠ナはないか。低所得者層(世帯年収300万円未満)は体調が悪くなっても医療機関にかからなかった人は40%に達するという。医療改革という名前で、進められている改革は、日本の医療を確実に崩壊の方向に向かわせていると思う。
 
 妊娠に気づいて産科に予約に行っても受け付けてもらえない。お産も満足にできないのは地方ばかりではない。いまや都立病院や大都市でもお産をしない医療機関が多くなった。全国でお産難民≠ヘ近い将来50万人になるという試算もある。
 
 こうした状況を単に医師不足と片付けるのは、問題は単純化してしまう恐れがある。多くの論者は、もともと日本は医師不足だから、というが、近年、急に医師が少なくなったわけではあるまい。
 
 私は、医療改革のしわ寄せのせいではないかと思っている。

 「改革」とは快い響きを持つが、実態は、厳しい医療費抑制政策ではないか。
 
 『医療崩壊』を書いた小松秀樹医師は「立ち去り型サボタージュ」と呼んだが、彼らはなぜ、病院を見捨てて立ち去るのだろうか。それは病院で最も苦労している医師たちを正当に評価しないからだ。「評価」の仕方はいろいろあろう。誤解を恐れずにいえば最も誠意ある評価の仕方は、報酬を増やすということだ。金銭で報いることだ。
 
 日本の財政状態を考えれば、医療費だけを増やしていくことは無理なことぐらいわかっている。だが、病院に対し、せめて1兆円でも手厚くすべきだろう。
 
 改革は痛みを伴うという。その痛みを弱者や最も苦労している人たちに押し付けるのはフェアではない。


 
Copyright (C) Tsutomu Wada All Rights Reserved.