医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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エッセイ月刊「新医療」掲載分> 市民は「医療の不確実性」を知っている

市民は「医療の不確実性」を知っている

 
 

 最近「医療の不確実性」あるいは「医療の限界」ということが話題になる。確かに現代人の心の中に病院に行きさえすれば、多くの傷病は解決できるのではないか―という病院信仰≠フようなものがあることは否定しない。

 医療の不確実性ということは、じつは今に始まったことではなく、医療社会学を創始したアメリカの社会学者タルコット・パーソンズも医療の不確実性と限界については強調してきたことはよく知られている。「医師は、弁護士やその他の専門職と違って利用しうる最高の技術や知識をもってしても、解決困難なケースや原因をつきとめることのできないケースに直面することがある」(高城和義著『パーソンズ 医療社会学の構想』(岩波書店刊)。

 最近、医療の不確実性が話題になるのは、医療裁判が増えているのは、一般の市民が「医療の不確実性を理解しないからだ」という文脈においてである。市民の無理解が、医療裁判を増やしているというのはフェアであろうか。

 例えば、がんという病で日本人30数万人も命を奪われる。医療の不確実性を理解しない人びとが、がん死したのは病院や医師の責任、過誤があると訴えているだろうか。やはり患者も家族も医療の不確実性、限界は知りすぎるほど知っているのではないか。
『医療安全』(07年12月号)「医療者と患者が語る医療現場の言葉の暴力」という座談会で、日本二分脊椎症協会前会長の鈴木信行さんは、話している。

 「先日、この手術は安全です。だから安心してください≠ニ言う医師がいました。そんな! 麻酔かけて、メスを入れて、縫うのに安心で安全であるはずがないじゃないですか。こういう説明によって、医療は安全だと言う思い込みを患者に与えてしまうのです。どうしてもっと医療は不確実で危険だということを患者に伝えないんでしょうか」

 インフォームドコンセントとは、言うまでもなく、良いことだけでなく、リスクもきちんと伝えるべきなのだ。

 同じ座談会で、船橋市立医療センター内科外来部長の岩岡秀明医師がこんな話をしている。

 「うちの病院ではリスクを全部伝えています。たとえば肺がんの手術の死亡率は2%など、全部言うべきことは言っているつもりです。
 私事ですが、私の妻は悪性リンパ腫になり、骨髄バンク・ドナーの方から同種骨髄移植を受けましたが、その際、主治医は妻と私に、同種骨髄移植の治療関連死は約40%、再発は約30%、治癒は約30%という非常にシビアな事実を説明しました。しかし、そのあと、われわれも頑張ります。だから一緒に頑張りましょうね≠ニ言ってくれました。私は患者の家族としてその一言で救われる気がしました」。

 私は、医療とは基本的にはコミュニケーション行為だと思っている。『コミュニケーション的行為の理論』を書いたドイツの政治哲学者、ユルゲン・ハーバーマスはコミュニケーション行為を成立させる条件として3点あげている。

1)真理性―自分は真理を表明している。
2)正当性―正しい規範に従っている。
3)誠実性―偽りなく誠実に述べている。 

 ハーバーマスは、医療について語っているわけではない。しかし、医療にも援用できると私は考えている。医師が発話者となって、患者に伝えるとき、「官僚モデル」ではなくて「討議制モデル」であるべきだと言っている。発話者は相手の同意を得るためには明快でわかりやすい言葉を使うことが大前提である。一度で合意に至らなければ、合意に至るまで「討議」をする必要がある。「討議」なんて言葉を使うと堅苦しくなるがが、とことん話し合うということである。

 「患者は医療の不確実性がわかっていない」と言うよりも、「真理」を「正当」に、そして「誠実」に、話し合うべきである。医療者と患者の情報の非対称性を問題にする向きもあるが、非対称であるのが当然なのだ。それを超えるのが、話し合いではないだろうか。 


 
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