医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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エッセイ月刊「新医療」掲載分>医療施策には血も涙もなくてはならない

医療施策には血も涙もなくてはならない

 
 

診療報酬改定の論議が活発になる季節になった。診療側、支払い側の攻防も熾烈を加えていくに違いない。

わが国の医療政策が極端な医療費抑制に終始していると感じるのは私だけではあるまい。高齢者が増えて医療費が膨張していくことは当然なのである。それを無理に抑制していけば、必要な医療まで切り捨てていくことになり、医療の質や安全が犠牲になることは誰の目にも明らだ。4月の診療報酬改定で、まさかマイナス改定にはならないだろうと、私は信じている。
 
 中医協(中央社会保険医療協議会)の論議に先立って、財務相の諮問機関である財政審(財政制度等審議会、西室泰三会長)は、診療報酬本体の引き下げを求める内容を盛り込んだ2008年度予算編成の建議をまとめ、額賀志郎財務相に提出した。建議の診療報酬の部分を抜き出すと、3.6%程度のマイナス改定の必要性を明記した。財政審は財界主導で、財務省サイドの意向を色濃く反映していることは周知のところ。「3.6%マイナス改定」を受けて、支払い側代表すら「乱暴な話だ」と驚き、若干の引き上げ改定は容認する考えを明らかにしている。これ以上医療費抑制政策を強行すると日本の医療が崩壊の一途をたどるであろうことは、多くの人が感じているからだ。
 
 わが国の医療政策は、医療費抑制政策に終始したことは先述した通りだが、医療保険の自己負担が、1997年にサラリーマン、本人が1割から2割に。2003年には3割になった。こうした一連の患者の自己負担の引き上げは、患者の負担を増やすことで、受診抑制を促す効果を狙っているといえる。
 
 しかし最近の医療費抑制政策は、「医療を切り捨てる」方向に進みつつあるように思える。その一例が、「療養病床」切り捨てである。医療保険対応の療養病床が25万床、介護保険対応の療養病床が13万床ある。中期的課題では、2012年までに介護療養病床を全廃し、医療療養病床を10万床廃止する。2025年までには、療養病床全廃をもくろんでいる。行き場のない介護難民、医療難民が増えている。
 
 2006年度の診療報酬改定によってリハビリ打ち切りが行われたことは記憶に新しい。記憶をさらに新しくしてくれたのは、世界的免疫学者である多田富雄氏の最近出された『私のリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』(青土社刊)である。
 
 多田氏は、2001年、脳梗塞の発作に襲われ、右半身麻痺に加えて、重度の嚥下障害と構音障害が後遺症となった。理学療法士と言語聴覚士について、リハビリ治療を受けていた。おかげで身体能力はゆるやかだが、回復した。リハビリは楽ではなかったが、それが命綱だと思って、雨の日も雪の日も病院に通った。 ところが、一部の疾患を除いて障害者のリハビリが発症後、180日を上限として、打ち切られることになった。
 
 弱者切捨ての失政に怒った多田氏は新聞に投書したり、総合雑誌に書いたりして、厚労省の非人間的暴挙を告発。「リハビリテーション診療報酬改定を考える会」を作って反対の署名を集めた。短期間にもかかわらず、48万人余の署名が集まった。「考える会」の医師たちや患者会の人たちと、署名を厚労省に運んだが、失政の白紙撤回には至っていない。「人命よりは経済を優先する小泉内閣によって推し進められた医療破壊の象徴なのだ」と多田氏は書き、「コスト削減のためのリハビリ打ち切りは、弱者は死ねというに等しい」という。
 
英国のサッチャーは、首相在任18年間で医療費を極端に抑制し、医療までも市場の原理、競争の原理を導入して医療を疲弊させてしまった。「ゆりかごから墓場まで」という世界に冠たる福祉国家の伝統を崩壊させてしまった。英国や米国の新自由主義を金科玉条にしたツケは日本にも徐々にまわってきている。最弱者の生存権を犯すというような冷血を、これ以上許してはならない。医療や福祉政策には、まず血も涙もなくてはならないのだ。


 
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