「有識者会議」なるものがある。
例えば「美しい国企画会議」は、安倍前首相がつくったものだが、わずか2回の会合で4900万円もの支出がなされていたということで話題になったことがある。安倍さんが内閣を放り出したので、今は活動を停止している。このような有識者会議は80もあるという。惜しげもなく多額の税金を投入しているわけだ。
「教育再生会議」のメンバーをみて、教育に対してどれほどの見識をお持ちなの見当がつかない。居酒屋チェーンの社長さん、落語家の夫人……らが、教育に対してどれほどの提言をすることができるのか、寡聞にして知らない。この人たちは、国民の代表としてふさわしいのか。私たちの民意を代弁してくれているのだろうか、と不安になってしまう。
経済政策に大きな影響力を持つ「経済財政諮問会議」などは、民間委員は大企業の会長、2名、学者が2名。汗を流して働く人たちの代表はひとりも入っていない。とても民意が反映されているとはいいがたい。経済評論家の内橋克人氏は、「民意の偽装」だと言う。
経済財政諮問会議の民間委員のひとり八代尚宏氏(国際基督教大学教授)の著書『健全な市場社会への戦略』(東洋経済新社刊)を拝読すると、市場原理主義に立場をとる経済学者のようだ。日本の国民皆保険は、「すべての国民に対し良質の医療を公平かつ効率的に提供すること」を追求することを理念としている。しかしこの理念は時代遅れだという。
「戦後の貧しい時代の結核などの感染症主体の医療の時代に成立した理念であるが、医療技術が飛躍的に進歩した今日では、やや非現実な目標」だと言うのである。そうだろうか?「良質な医療を公平かつ効率的に提供する」ことは永遠の理念であるべきだと思うのだが。
八代氏は、「基礎的(伝統的)な医療≠ニそれ以外の選択的医療≠ニの境界線を明確にすることが真の改革への第一歩である」という。「選択的医療は個人として負担する民間保険で対応することが国民皆保険制度を維持するために不可欠である」と断定する。
八代氏のいう「基礎的な医療」とは、氏の言葉で言うと、「感染症や急性症のような、いわば警察や消防等と共通した公共的サービス的なもの」で、「選択的医療」とは、新しく開発された高度で良質な医療などを指すらしい。したがって八代氏は、「混合診療」の禁止に対して反対の立場をとる。日本の公的医療保険で混合診療を禁止しているのは「すべての国民が良質な医療を平等に受ける」という理念に反すると、厚生労働省が考えているからだと言う。「つまり、特定の患者だけが、追加料金でよりよい治療を受けるということは、そうした負担ができない患者と不平等≠セという論理である」と疑問を呈する。八代氏の本音は貧しい人とお金をたくさん負担する人と同じ医療を受けることこそ不平等≠セというのである。平等に対する考え方が庶民感覚と、真反対なのだ。
市場原理を重視する新自由主義者は、「平等主義(egalitarianism)を目の敵にする」とは、英国の社会学者、アンソニー・ギデンスの言葉だが、八代氏の平等に対する考えは、まさに新自由主義の真骨頂というべきだろう。
富める者と貧しい者は、平等でありたい、という考え方と、金持ちと貧者は不平等なのは当然とする考え方とは、天と地ほど違う。平等についての考え方の差異が、福祉社会をつくるのか、格差社会をつくるのか、大きな岐路になる。
先日、混合診療を禁じた国の政策を違法とした東京地裁の判決を、がんと戦う原告が医療費に苦しむのは気の毒だという心情的な見方でこの問題を捉えると大きな間違いを犯す。自由診療部分を限りなく増大させ、混合診療を全面解禁すれば、日本の医療は市場と競争の原理にさらされることになる。
政府が選んだ「有識者」が国民のためになる知恵や政策を出してくれるとは限らない。内橋克人氏の「民意の偽装」を検証する必要があろう。
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