医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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【partW】健康志向大国<jッポンは今・・・
 

  ドイツ映画『ヒトラー 最後の12日間』を観た。ヒトラーの秘書の眼から見た敗戦直前のヒトラーをドキュメンタリータッチで描いた力作である。
 
1945年、ベルリンはソ連軍に包囲されてドイツ軍は逃げ場を失っている。ヒトラー、そして側近の将校、官僚は、首相官邸の地下に作られた要塞へ避難していた。絶望状態の将校たちは、アルコールに溺れ、タバコをやたらに吸っている。ヒトラーの愛人エヴァもゲッベルス夫人もかなりのヘビースモカーだ。
 
意外である。ナチス・ドイツのもうひとつの顔は、反タバコ運動や食生活改善を強力に推し進めたことだだから。このことはロバート・N・プロクター著『健康帝国ナチス』(草思社刊)に詳しい。
 
ナチスは肉と糖分、脂肪の過剰摂取を正面攻撃の対象とし、国を挙げて食生活改善に血道をあげた。親衛隊がヨーロッパ中のミネラルウォーターを買い占めたことも歴史的事実である。より自然な食品ということで、小麦を精白しないパンをナチス公衆衛生局の承認マークをつけて奨励された。前掲書は「ナチスの指導者が望んだのは絞りこまれた頑健な肉体をもつ、マシンとしての人間だった。正しい食生活によってガンや心臓病のような病気を減らすだけでなく、生産性の高い工場、子だくさんの家、強い軍隊を実現できると考えたのである」と。
 
タバコを「国民の敵」であると断罪、ポスター、映画、ラジオを使って猛烈な反タバコキャンペーンを展開したことは有名である。
 
「健康はすべてに勝る」はナチスのイデオロギーを最もよく表すスローガンのひとつである。ナチスは、国民にタバコやアルコールの害を説き、節制と禁欲を強いたというのに、ヒトラー側近たちのアルコールに溺れ、ヘビースモカーぶりは何なんだ、と意外な思いにされたのである。
 
ナチの健康志向を責めるつもりはまったくない。タバコの害を説いたことは、ある意味で正しい。食生活の改善も間違ってはいない。有機農法の蜂蜜を作らせていたのもうなずけるものがある。
 
しかし・・・である。全体主義的に国民に健康を押しつけることは、いかがなものなのだろうか。
 
ナチスの例を引きすぎたようだ。日本のテレビを見てみよう。とりわけワイドショーには健康情報があふれている。

この食品はガンの予防にいい」「このサプリメントはガンに効く」というたぐいの情報を大量に垂れ流す。特定の食品や栄養素が、ガンの予防効果があるのかどうか、はっきりした科学的な根拠のあるものはきわめて少ないという。ほとんどはエビデンスのない話である。そのような健康情報をタレント化した医師や栄養学者がしたり顔で話す。テレビや雑誌はエビデンスのない健康情報を無責任に撒き散らす。
 
かつてアメリカでヘリシズム(健康至上主義)が蔓延したことがある。ビジネスエリートの条件として「日焼けしていること」「肥満していないこと」「タバコを吸わないこと」があげられていた。三つの条件はいずれも正しい。ヘリシズム盛んな頃、アメリカで取材したことがある。ホワイトカラーのビジネスマンたちが、ジョギングに励んでいた。昼休みやアフター5には、スポーツジムで汗を流す、というのがトレンドだった。これもすばらしいことだ。
 
しかし取材して気づいたことは、彼ら彼女たちが、ある種の強迫観念にとりつかれて、健康志向に走っているように見えたことだった。禁煙しないと職場で肩身が狭いとか、肥満しているとペナルティを取られるとか、そんな雰囲気もあった。「死んでもいいから健康になりたい」とは、当時アメリカで語られたジョークだが、健康を追えばますます不安になるのである。健康は押しつけられるものではない。一人ひとりがいかに生きていくかということと深いかかわりがある。
 
人びとの健康不安をあおるメディアの健康≠フ押しつけは、限りなくファシスト的であることに気づいて欲しい。


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