医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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【partT】
医師はお金持ちであるという神話
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医療とは極めてローカルなもの
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アウシュビッツといまどきの常識
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健康志向大国<jッポンは今・・・
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当世名医≠フ作られ方
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医療をあつかうメディアの学力
【partZ】
メディアは医学情報を正しく伝えているか
【part[】
メディアにはびこる「二分法思考」
【part\】
テレビの劇場化現象を愁う
【part]】
医療事故とマスメディア
【partY】医療をあつかうメディアの学力
 
自分自身が医療ジャーナリストの看板を掲げて仕事をしている身でありながら、このようなテーマで小文を書くことはいささか心苦しい。しかし書かずにはいられない気持ちにかられるのだ。
 
拙宅にはよくメディアの方々から電話がかかってくる。いわゆる取材である。いわゆる≠ネんて持って回った言い方をしたが、直截に言えば、取材というよりはお知恵拝借≠ナある。それはそれでいい。私自身も何か文章をまとめようとするときは多くの専門家の知恵を拝借し、意見を聞き、資料を渉猟する。それは研究者にしても、ジャーナリストにしても、一つのパフォ−マンスをまとめるときの常道である。
 
ところがそんな常識論が成り立たないケースがあまりに多い。たとえばテレビ「医療事故」について番組を作るとする。その担当者の一人が電話をかけてくる。電話を受けてみると、「医療事故」についてほとんど知識がない。医療事故と医療過誤の違いも知らない。いま医療界で医療事故はどいうことが問題になっているの……。電話の主は、そんなことはどうでもよろしいことのようで、「医療事故をたびたび起こしているけしからん医師を教えてくれませんか」。「面白くなくてはテレビじゃない」という思想(?)に洗脳されている様子である。「私はそういう医師を知れません。もし、医療事故について勉強なさりたいなら、○○大学××先生が詳しいですよ」とアドバイスすると、「〇○大学の電話番号を教えてください」「私は番号を記憶していませんのであなたがお調べなさい」と丁重に電話を切ることにしている。
 
こういう無知な(あるいは世間知らずな)ひとがいるというのは、理由はあるのだ。

いまテレビの番組は、テレビ局がすべて直接制作しているわけではない。多くは下請けのプロダクションが制作している。ゴールデンアワーの大番組を制作するプロダクションは多くの優秀なスタッフを抱えているところもあるが、小さなプロダクションもひしめいていることも事実。弱小プロダクションの仕事は、大手プロダクションの下請け、さらに孫請け、曾孫請け(?)なんていうのも珍しくない。番組の核になるディレクターなどは大手のスタッフが担当するが、現場のビデオ取材、情報収集などは、孫請け、曾孫請けに委ねるケースが多い。曾孫請けチームにも、ディレクター、AD(アシスタントディレクター)、カメラマンらがいる。このスタッフのなかでいちばん弱い立場にあるのはADだろう。嫌な仕事はADにおっかぶせる。見ず知らずの人間に電話をかけるのはおっくうなものだ。それをADがに引き一手受けるというケースが多いようだ。
 
社長が部下を叱り、部下は女房にあたり、女房は子どもを怒り、子どもは犬をいじめる…なんて笑い話があるが、これに似てなくもない。
 
ADさんなんてテレビの仕事が大好きで、おそらく報酬も恵まれなくて、過酷な労働に耐えているのであろう。今日は芸能人のスキャンダル、明日はは医療事故…。何も知らなくて当たり前なのだ。きちんとした基礎教育も受けず、取材経験もへず、不安定な身分でテレビの最前線で働かされている。こういう人を責めるのは心苦しい。みんな大好きな人たちだから。
 
テレビがこのような構造的な問題を抱えていることを知ってもらいたい。視聴率をあげるために、やらせ=i実際にはないことをでっち上げること)をやってしまうのも下請けプロダクションというケースも多い。
 
誤解してほしくないが、プロダクションの存在を否定するものではない。例えば、医療に関する番組を作らせたら、追従を許さないと言うようなプロダクションがあれば、これは素晴らしいと思う。要は正しい情報を伝える説得力のある番組を創るためには、スタッフが勉強できる体制を整える学力をあげる必要があろう。

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