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| 2004年9月6日(月) がんとアポロ11号 |
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昨日、2回の講演をこなした。聴衆がちがうのだから全く同じ話でいいと主催者は言いうのだが、そうもいかない。また話は生き物だから同じような話はできるものでもない。今日は最後。がんと医療の話をおりまぜることにする。医学が進歩して、人びとは病気になれば、病院に行けば病気を治してもらえるものと信じ込んでいる節がある。病院信仰である。本当にそうだろうか……? 日本は大量死時代を迎えている。一年間に100万人亡くなっている。三人にひとりはがんで生命を失っている。30万人以上が、がん死である。最も多くの命を奪うがんに対して医学は意外に無力である。
現代人の病院信仰は、科学信仰につながるのではないか。がんという病気は近い将来科学が解決してくれると信じている人は多いのではないだろうか。科学ががんを征圧してくれると信じたのは科学の国<Aメリカだった。アメリカは月に人間を送り込んだ頃、人類が最も恐れるがんも征服できないはずはないと考えた。
アポロ11号の宇宙飛行士が人類初の足跡を月面に印したのは1969年7月20日のことだった。人間を月に送り込んだ科学の力は、がんを征服することは可能だと考えたのだった。
アポロ計画と引き換えのように打ち出されたのが「がん征圧戦争」だった。1971年1月の一般教書でニクソン大統領は医療・医学研究、とりわけてがん治療研究のために特別な支出を提案し、宇宙開発に向けていた力をがん克服のために向けると演説した。
1971年12月、ニクソン大統領は「がん関連法案」(ナショナル・キャンサー法)に署名した。ナショナル・キャンサー法にはこう書かれていた。
「建国二〇〇年すなわち1976年までに、全米レベルでのがん征服が達成されるべきものとする」と。そしてニクソン大統領は「核開発や月面到着で見せたあの実力を結集しよう」と呼びかけた。
建国200年祭ーー1976年までにがんは征服されただろうか?
答えは否である。あれだけ大々的に打ち上げられたアメリカのがん征服国家戦略も、際立った成果は上がらなかった。人びとが夢見たような画期的な抗癌剤も生まれはしなかった。『がん産業』を書いたアメリカの科学ジャーナリスト、ラルフ・W・モスは次のように書いている。「ガンを征服する話と、月に人間を送りこむ話とでは、いささか様相が異なっていたからである。月面に到着すること、あるいはボイジャー2号を天王星に送りとどけることは、基本的に工学上の偉業である。
だが、がんについてはその征服が予想できるほど十分な知識があったといえない。
工学上の偉業である〜〜という言葉は意味深いと思う。テクノロジーではがんは解決しないのである。生命の神秘、自然治癒力のなぞは工学(テクノロジー)で解き明かせる問題ではないのである。
がんの病巣、がん細胞という部分(敵)だけを見て、テクノロジーで叩きのめそうという発想に限界があったのではなかろうか。「病気は生命場の乱れ」というホリスティック医学的な視座が欠落していたのである。
アメリカはがん征圧戦争は「がんのべトナム戦争」といわれるくらい泥沼の様相を呈した。人材と膨大な予算を投入したが成果らしい成果は生まれない。結局この国家的プロジェクトから、2つのことを学んだ。一つは予防に力を入れること。いまひとつは代替医療を見直すことだった。
とりわけがんの予防には力を入れ、最近になってその成果があらわれて、アメリカのがんは減少してきたのである。日本では、がんは増えつつある。
私たちの人間の体は60兆個の細胞からなりたっている。私たちの体の神秘を科学は何ほど解明しているというのだろうか。「がんほどミステリアスなものはない」とは、イギリスの医師の言葉であるが、単純系の科学で解き明かせるほど、生命の神秘は単純ではないのだ。 |
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