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| 2004年9月23日(木) 日野原重明先生の講演 |
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日本QOL学会が主催する研究会の参加する。会場は国立感染症研究所の講堂。特別講演として聖路加国際病院理事長の日野原重明先生が[QOLの立場から見た子供と老人の生き方のドッキング」といテーマのお話。日野原先生は、人間はみな平等なのだが、子供がいたずらをすると、母親は子供のしりを叩きながら叱り、躾けをする。痴呆老人が何か失敗すると、母親が子供に接するように痴呆老人に愛情を注ぐことができるかどうか……。子供が粗相したとき、老人が粗相したときも同じである。しかしながら子供に対するケアと痴呆老人に対するケアの気持ちは違う。子供はこれから成長する存在だからか。老人は衰えていく存在だからか。
日野原先生は、オルテガ・イ・ガセットの言葉を引く。
「私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私も救えない。」
オルテガの言う環境とは、人間環境、人間関係だという。環境や社会との交わり、周囲の人間関係を無視しての「私」はないといっているのだ。日野原先生は「老人とかかわるという環境を救わなくてはならない」と言っているのだと思う。そして「老人に対していとおしむという感覚が大切」だと力説された。その感覚はCompassionだと言う。
先生のお話はとてもよく解る。しかし、私には耳が痛い。
今年から、私は95歳の老母と同居している。記銘力はほとんどない。ききわけはなくわがままである。息子の私には母の精神的な衰えが悲しい。「いとおしみたい」と痛切に思う。Compassionを持ちたいと思う。しかしそれがなかなかできない。
日野原先生の言葉は肝に銘じなくてはならない。93歳の先生の言葉は重い。 |
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